鳥取地方裁判所 昭和38年(行)7号 判決 1965年7月09日
原告 井手口勝馬
被告 鳥取税務署長
訴訟代理人 鴨井孝之 外一〇名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が原告に対し、昭和三七年一〇月三〇日附で昭和三四年分山林所得を金一〇、四五〇、〇〇〇円也、山林所得分課税額二、八一二、三五〇円也、無申告加算税額七〇三、〇〇〇円也と決定した処分は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、
一、被告は原告に対し、右請求の趣旨記載の如き課税処分をした。
二、ところで、右山林所得の対象とされている立木は、鳥取地方裁判所昭和三三年(ワ)第三七号立木所有権確認等請求事件(原告井手口勝馬、被告本家忠治)として現に係属中であるが、この事件の被告本家忠治は右立木を自己の所有であると主張し、本訴原告井手口勝馬を債務者として、この立木の伐採、搬出等の処分を禁止する仮処分命令を申請し、鳥取地方裁判所昭和三三年(ヨ)第一三号不動産仮処分決定、同庁同年(ヨ)第一六号動産仮処分決定を得てこれが執行をなした。
三、そこで原告は、右本家忠治を被申立人として、鳥取地方裁判所に対し民事訴訟法第七五九条の「特別事情による仮処分の取消」申立をなし(同庁昭和三三年(モ)第六五号事件)、その結果昭和三三年五月一三日、前記昭和三三年(ヨ)第一三号事件については金一〇、九八九、五七七円、同年(ヨ)第一六号事件については金一、四三八、二七三円の各保証を立てることを条件として右各仮処分決定を取消す旨の判決を得たので、原告は右保証金を昭和三四年七月二九日鳥取地方法務局に供託し、前記立木を訴外三和木材こと三島庄太郎に売却したが、その代金は金一一、〇〇〇、〇〇〇円であつた。
四、しかるに被告は、第一項記載の如き課税処分をしたので、原告は昭和三七年一一月二六日被告に対し異議の申立をしたが、同三八年五月二日附で異議棄却の決定があり、原告はこの決定に対し、同年六月二日広島国税局長に審査請求をしたが、同年一一月一三日審査請求棄却の裁決があつた。
五、ところで、原告は前記のように本件立木を売却するに当り、保証金一〇、九八九、五七七円を供託しているのであつて、右保証金の供託なしには本件立木の売却は不可能であることは明らかである。而して右保証金は前記昭和三三年(ワ)第三七号事件の勝敗如何により、その帰属が決せられるものであり、該事件の判決が未だない現段階においては、原告の所得は前記代金一一、〇〇〇、〇〇〇円と右保証金との差額一〇、四二三円にすぎず、尚原告は第三項記載の特別事情による仮処分取消のため、右差額以上の訴訟費用を必要とした。このような次第であるから、右保証金及び訴訟費用は所得税法第九条第一項第七号にいう「取得費」というべく、仮にそうでないとしても同号の「その他必要な経費」に該当するものであり、結局原告の所得は皆無というべきである。
よつて、右と異る見解のもとに、被告が原告に対してなした前記課税処分は違法であるから、これが取消を求める。
と述べた。
(証拠省略)
被告代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、
一、請求原因第一項ないし第四項の事実は全部認める。
二、同第五項の主張は争う。
と答え、被告の主張として、
一、本件山林所得金額、所得税額及び無申告加算税額の算出の根拠は次のとおりであつて、何ら違法はない。
(1) 山林所得金額一〇、四五〇、〇〇〇円については、原告が訴外三和木材こと三島庄太郎に本件山林を売却した代金一一、〇〇〇、〇〇〇円から、本件山林を原告が昭和二七年二月、同二八年七月の二回にわたり、訴外原田耕一郎から買受けるに要した取得価額四〇〇、〇〇〇円及び所得税法第九条第一項第七号による特別控除額一五〇、〇〇〇円を控除したものである。
(2) 所得税額二、八一二、三五〇円については、所得税法第一二条の二の規定により、先ず、原告の農業所得金額二五、三四二円から基礎控除額九〇、〇〇〇円を控除し、次にその不足額六四、六五八円を本件山林所得額から控除し、その結果得られた課税山林所得金額一〇、三八五、三〇〇円(一〇〇円未満切捨)に対して、昭和三四年法律第七九号改正所得税法附則第五項の規定により、同附則別表第二に定める税率を適用し算出したものである。
(3) 無申告加算税額七〇三、〇〇〇円については、原告において確定申告書を提出する義務があるにも拘らず、法定の申告期限である昭和三五年三月一五日を三ケ月以上経過しても右申告書を提出しなかつたので、所得税法第五六条第三項により前記所得税額二、八一二、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)に二五パーセントを乗じて算出したものである。
二、原告は、仮処分の取消を求めるために供託した保証金が所得税法第九条第一項第七号にいう「取得費」もしくは「その他必要な経費」に該当する旨主張するが、右保証金が右の何れにも該当しないことは、反論を要しないほど明白である。
と述べた。
(証拠省略)
理由
請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。
そこで、本件の争点である、原告が供託した保証金及び原告が特別事情による仮処分取消の申立に要した訴訟費用が、所得税法第九条第一項第七号にいう「取得費」もしくは「その他必要な経費」に該当するかどうかの点について判断するに、所得税法第九条第一項第七号にいう「取得費」とは、山林所得を生ずる対象となる山林の所有権を取得する際、前所有者である相手方に対して交付する対価をいうものと解するのが相当である。そうだとすれば、本件保証金や訴訟費用が右「取得費」に該当しないことは自ら明らかである。
次に同号にいう「その他必要な経費」とは、同号掲記の植林費、取得費、管理費、伐採費を除いて、山林所得を生ずるのに直接且つ通常必要とされる経費(確定的金銭の支出もしくは物の給付)を指すものと解すべきである。そうだとすれば、山林の伐採または譲渡に因る所得を得るために支出する運搬費、仲介手数料等がこれに該当することは明らかというべきであるが、原告主張の本件保証金は、本来仮処分債権者の蒙るべき損害の担保であり、訴訟費用は訴訟上権利の伸張又は防禦に必要なる費用であり、いずれも本案訴訟の完結により別途に右保証金の取戻権の帰属者或いは訴訟費用の負担者が決定され、原告において右権利を取得する可能性を有するものであり、確定的支出といえず、何れも山林所得を生ずるのに直接且つ通常必要とされる経費に該当するものとはいいがたい。
而して、被告主張の本件山林所得金額、所得税額、無申告加算税額の根拠となつた事実については、原告において明らかに争わないので、すべて自白したものと看做す。
よつて、被告のなした本件課税処分は適法であつて、これが違法を主張し、その取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋文恵 鐘尾彰文 横山武男)